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徳島家庭裁判所 昭和62年(家)699号 審判 1987年11月30日

抗告人 高須フミコ 外1名

主文

本籍徳島県鳴門市○○町○○字○○×番地筆頭者大森フミコ戸籍の記載全部を消除することを許可する。

理由

1  申立人らは、最近二重戸籍が編製されていることを知ったので複本籍を解消するために主文同旨の審判を求めて本件の申立をした、というのである。

2  そこで、本件記録を調査し検討すると、次の事実が認められる。すなわち、

(1)  申立人高須フミコ(以下、「フミコ」という。)は、大森定吉、イナ夫妻の長女として、明治40年3月10日徳島県板野郡○○村○○字○○○○××番地(申立人フミコの旧本籍地)において出生した。申立人フミコは昭和24年9月17日高須信太との間に申立人三里貞子(以下、「貞子」という。)をもうけ、申立人フミコにおいて、同月27日、当時申立人らが居住していた板野郡△△村役場に非嫡出子として出生届をしたが、同届書の「その他の事項」欄に、「新本籍板野郡△△村○○字○○×番地」と記載したので、同日△△村長は、申立人フミコの希望地に大森フミコを筆頭者とする新戸籍を編製し、申立人貞子はこの戸籍に入籍した(なお、現在は主文掲記の戸籍表示となっている。以下、これを甲戸籍という。)。

(2)  さらに、同出生届の1通は、同年10月1日△△村長から申立人フミコの本籍を管轄する同郡○○村長に送付された。しかるに、○○村長は、前記のような申立人フミコの新戸籍地の希望にもかかわらず、同申立人の当時の本籍地に新戸籍を編製し、申立人貞子はさらにこの戸籍にも入籍した(以下、これを乙戸籍という。)。そして、昭和30年1月18日高須信太が申立人貞子を認知したので、乙戸籍中申立人貞子の続柄欄に父の記載がなされた。同年3月2日申立人フミコは高須信太と婚姻して、乙戸籍から夫の戸籍(申立人フミコの肩書本籍地に同じ。)に入籍し、同年6月4日申立人貞子も乙戸籍から父の戸籍に父の氏を称する入籍をした。この結果乙戸籍は戸籍簿から除かれた。なお、貞子は昭和58年4月27日申立外三里英雄と夫の氏を称する婚姻をし、父の戸籍から夫の新戸籍(申立人貞子の肩書本籍地に同じ。)に入籍して現在に至っている。

(3)  甲戸籍には、新戸籍編製後の申立人らの身分関係の変動は全く記載されていない。

3  以上認定の事実によれば、申立人フミコとその長女申立人貞子にはそれぞれ複本籍が生じていることが明らかである。

よって考えるに、

(1)  本件のように複本籍が生じている場合に、一方の戸籍に重大なかしがあり治癒されていないときは、一般の戸籍訂正の場合と同様に、かしのある戸籍の記載が戸籍法113条にいう「戸籍の記載が法律上許されないものであること」に該当するからこれを消除すべきものと解するのが相当であるが、他方例外的に、その当事者がかしのある方の戸籍を異議なく利用して各種届けをなした結果、この戸籍にその後の身分関係の累積、変動(以下、これを「身分変動」という。)が記載されてきたなどの事情があり、そのかしがほとんど治癒されたものとみなすことができるときは、いずれか一方の戸籍の記載を法律上許されないものとして消除の対象とするのではなく、むしろ同一人につき複数の戸籍が存在する複本籍の状態自体が法律上許されないものと解するのが相当である。

(2)  そして、同一人に関する複数の戸籍のうちいずれの戸籍記載を維持し、いずれを消除すべきかについては、各戸籍の身分変動の記載状況からうかがわれる当事者の意識、一方の戸籍の記載を消除することが当事者の身分関係、権利義務関係に及ぼす影響の有無、戸籍訂正作業の繁雑さの程度などを彼此勘案したうえ、当事者の身分関係、権利義務関係に補正し難い影響を生じない限り、最も妥当な方法を選択することができるものと解するのが相当である。

4  このような観点に立って本件関係戸籍を検討すると、乙戸籍(除かれた戸籍)には、前記のとおり申立人フミコの申出により既に△△村長によって新戸籍が編製されていることが推認されるにもかかわらず、○○村長においてこれを黙過し、同申立人の申出に反する場所に新戸籍を定めたというかしがあったといわざるを得ないが、申立人らがその後異議なくもっぱら乙戸籍を利用し(申立人らには甲戸籍が存在することの認識すら乏しかったと考えられる。)、申立人らのその後の身分変動がすべてこの戸籍記載に基づいてなされてきたものであって、乙戸籍に着目するかぎり、申立人らの上記追認的行為により事実上転籍がなされたのと同様の状態になっているから、乙戸籍自体のかしは既にほとんど治癒されたものと解することができる。そうすると、本件においては、申立人らについて複数の戸籍が存在する状態自体が法律上許されないものと解すべきことになる。

次に、戸籍訂正の方法を考えるに、両方の戸籍の記載状況は前記認定のとおりであって、申立人らは30年以上前から乙戸籍を真実の戸籍とみなしてきたことがうかがわれること、もし乙戸籍を消除する場合には、甲戸籍について、新戸籍編製後の申立人らの身分変動の記載を追加したうえでこれを戸籍簿から除く手続が必要となるばかりか、これにともない申立人らの現戸籍の関係箇所の記載を訂正する必要が生じるなど相当に繁雑な作業を要すること、これに対し、その後の身分変動の記載が全くない甲戸籍を消除し、乙戸籍及び申立人らの現戸籍の記載を維持することについては、戸籍の訂正の作業も極めて簡便であるばかりか、戸籍利用の実情に現われた当事者の意識にも合致し、当事者の身分関係、権利義務関係への影響などの弊害も認められない。

そうすると、本件においては前記甲戸籍の記載全部を消除するのが相当である。

よって、戸籍法113条に則り主文のとおり審判する。

(家事審判官 虎井寧夫)

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